…なんといっていいのか分からない。
地震の恐ろしさ、悲惨さ、日本の脆さ、人間の醜さ、たくましさ、あたたかさ。
身をもって分かったこの悲惨さ。かなり「震災」を舐めきっていた。
命あっただけで、帰る家があっただけでホントにそれだけでいい。
心からそう思う。
いつだか、岩手に旅したときお世話になって泊めて頂いた宮古の家も流された。
友達や、新婚の後輩の家も。
仙台に一人暮らしの妹も小学校で避難生活。
本当に信じられないことが身の回りで実際に起こっている。
毎日朝早く給水に並び、その足でスーパーに並ぶ
ガソリンがないと物資補給が出来ないので
そのガソリンを入れるために開くかどうかも分からないスタンドの大行列に並ぶ
酷い時は国道で26時間待った。
あちこちで並び、様々な、知らない人と喋った
「あそこのスーパーは明日開くらしい、あそこで今給水できる」
自然と、当たり前のように情報を共有しあう
友達なら当たり前だが、見ず知らずの人たちと。
普段の生活ではまずありえない。
困ったときはお互い様だから。とみんな言う。
捨てたモンじゃない。
その反面、治安も悪化している。
職場の人の親は双葉郡に住んでいて、避難指示が出たので新潟に避難し、数日後家に戻ってみると家は泥棒に荒らされていた。震災の中での事で、あまりのショックで未だに通報できていないらしい。
ガソリンや灯油の窃盗もそこらじゅうで起きている。
解体屋の詐欺、義援金の詐欺
クソヤローども。はっきり言うよ、おめーらは救う価値もねー。
この二週間はめまぐるしく流れていった。
最近ようやく仕事が始まった。
しかし未だに大きな余震は止まらない。
一日数え切れないほど、あまりの多さに最初は驚いた。
が、あってはならないことだが、最近では震度四では全然驚かなくなった。
休憩中にでかい揺れが来てもみんな、食事中テーブルを母親が台拭するかのごとく缶コーヒーがをれないようにつまんで持ち、何事もなかったかのようにまた休憩を続ける
揺れていないのに、揺れているような感覚になってしまっている。
もう一つは放射能。
全世界に知れ渡った、バラク・オバマ大統領も口にしたfukushima japan
その一つ、ここ福島市は盆地のため放射能がこもり県内でもかなり高いほうだ。
下手すると人間が一年で浴びる放射線を俺たちは一週間で浴びている計算になる。
もちろん人体に害はないレベルだと専門家は言う。
でも普通でないことは明らか。
隣町では土壌や自ら基準値の数倍の放射能が検知されている。
浄化されるのに30年はかかるとのことだ。牛乳や野菜の自主回収も始まっている。
海はもちろんもうだめだ。
そして、このまま行くといずれ県産の食べ物はほとんど汚染されて食べれなくなるだろう。
俺の周りでもすでに知っている中でも何人か県外に避難している。
映画でもなんでもない、これが現実。
俺はホント酷くなるまで避難しない。行くとこもないし、できるだけ離れたくもない。
そいや避難先で、福島から来たと言ったら泊めてくれないなんてとこもあるらしいね。
こうやって、福島県民は差別の対象になっていくんだなーと悲しくなった。
おそらく他県に移住したら、子供たちが放射能の件でいじめの対象になることもあるだろう。
…でもなんだかんだいって案外、その福島県民が一番ゆるかったりする。
そんな風習なのかな?笑
その被害を食い止めるべく今も原発で勇気ある作業員たちが日夜、死と隣り合わせの活動を行っている。
先ほどのニュースでは、また原発で作業中の作業員が被爆し、すぐ近くの医大に搬送されてきた。
しかも100~200ミリシーベルトという桁違いの大量の被爆だ。
20ミリシーベルトを超えるとアラームがなるセンサーを付けているのにもかかわらず作業を続行したそうだ。
本当に涙が出る。
命を犠牲にして職務を全うしようとするその姿勢をみると、ありがとうと言う言葉では物足りない。
災害派遣の自衛隊や、救助隊、道路工事の皆さんも。
最近段々と増えてきた運送トラック。物流こそ生命線。
運ちゃんたちが寝る間も惜しんで運んできてくれるから、俺たちは生きていくことが出来る。
報道関係の皆様がいなかったら、外の県にきこえない。
ありがとうございます。
そして、エールを送ってくださる県外の皆さん。ありがとうございます。
皆さんの気持ち、本当に届いています。本当にありがとうございます。
日に日に色々と回復していく町並みや道路、道路を走る車やトラック、タンクを見ると本当に復興の力ってのはすごいなって思って、帰り道になきそうになった。
もう一分張りだ。
みんな、乗り切ろう。
力あわせて。